671SagwanRodbun(2002)Phuttasin Lao(ラオスの仏2前掲註1,p.19-23.サイアム大学教養学部 教授・タイ日研究ネットワーク 代表教美術).2nddition(inThai),p.55-56.3KhamviengViravongsa(2014)Luang Prabang Buddhist Master the Art Style, Aesthetic And Beliefs(inThai),p.324-325.キーワード:仏像,ラオス,クメール美術,ルアンパバーン,ヴィエンチャン第1節 はじめに ラオスでは仏教信仰が行われ、多数の寺院が建ち、そこには数多くの仏像が安置されている。これらの仏像は様々な時代的特徴を示し歴史上の文化交流を物語っている。仏像の最古例としてはタイのドヴァーラヴァティー様式に分類される数体が古モン語碑文とともにヴィエンチャンに現存する11。またラオス南部チャンパーサックにはクメール人が建てたワット・プーの遺跡があり、プレアンコール時代に遡る仏像も出土している。このような考古学的証拠からラオスでは周辺地域同様古くから仏教信仰が行われてきたことがわかる。当時の仏教信仰の担い手は現ラオスの主要民族であるラオ族ではなく、モン族やクメール族だった2。 13世紀中頃までに東南アジア大陸部中央に覇権を握ったアンコール朝が力を失うのと引き換えに、各地に新勢力が起こる。スコータイ朝(1253年頃成立)、ラーンナー朝(1296年成立)、アユタヤ朝(1351年成立)、そしてラオスのラーンサーン朝(1354年成立)もそうした新時代を代表する勢力だった。このラーンサーン朝が史料に現れる最初のラオ族の国である。 ラオス北部ルアンパバーンを都としたラーンサーン朝が先行タイ諸王朝と深い関係を持つのは史料から明らかである。ラオスではスリランカ派の上座部仏教が信仰されて来たが、これも先にスコータイなどに請来にされていたものが伝来したのかもしれない。ルアンパバーンに現存する寺院や仏像の特徴からもタイ諸王朝との関係を見て取ることができる。 ところがラオスでは、上座部仏教はカンボジアから伝来したと信じられている。ラオスで最も有名な「パバーン仏」には仏教伝来とともにカンボジアから請来したという伝承があり、現存するクメール様式の仏像群もその証拠だとされている。 ヴィエンチャンやルアンパバーンにはクメール様式とされている仏像が散見される。所在地としてルアンパバーン旧王宮に多いが、いくつかの古寺に分散していて、後世国外から持ち込まれたとするには数も多く、また発掘例もある。ラーンサーン朝成立やカンボジアからの仏教伝来伝承の証拠とされるこれらの仏像が3、はたして伝承を裏付ける証拠たり得るのだろうかという問いが本研究の出発点である。またアンコール朝の権力が及んでいないとされるルアンパバーンでクメール様式とされる仏像が相当数見つかっているのにはどのような訳があるのだろうか。さらにカンボジア伝来の伝承を持つパバーン仏ははたしてカンボジアからもたらされたものなのだろうか。 以上の点を検証するために、本稿ではまず時代背景を示す史料を参照し、次に主としてラオスに現存するクメール様式に分類されている仏像群の像容を詳しく検討することによって制作年代や制作地の推定を試みたい。そしてこれによってラオス周辺国とラオ族王朝初期の仏教文化交流史の一端に踏み込みたい。高田 知仁ラオスに現存するクメール様式の仏像と関連史料
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