lao_20th
16/108

14測定器によるデータの記録は、将来不測の事態に備えて、文化財と思われる全ての仏像に対して早急に行う必要がある。当プロジェクトにおいては、20回プロジェクト実施時より、修復の時間を割いて三次元測定のデータ記録を始めた。○他機関・他大学のプロジェクト参加状況 2000年3月に始まったラオス仏像修復プロジェクトは、当初木像仏のみの修復を考えていた。また一大学一セクション(東洋文化研究所・柳本研究室)を中心とした小さなプロジェクトで、資金・期間においても小さなものだった。 しかしながら、内容が仏像修復であっため、ラオスの国内事情に鑑みて必要度が高く、ラオス政府及び関係機関からの要請で今日まで続けざるを得なかった。また木彫に留まらず、ブロンズ仏・漆喰仏と素材的にも対応して行く事が求められた。 現在では資金面において、国際交流基金をはじめ、日蓮宗宗務院・ラオス仏像修復サポーターズクラブ・太田慈光会・仏教伝道協会・その他個人の協力を得て改善されてきた。ただ、期間については依然として一大学のプロジェクトである為、春季休みを利用した活動に止まっている。 反面、期間の短さは、その必要性から修復時間の大幅短縮が工夫された。特に、2009年からのラオス・ビエンチャン工芸学校プロジェクトへの参加は、技術者の育成に伴い、仏像修復の中で人的に労働時間が増し、期間内に修復の完了した仏像の個体数が大きく伸びた。 ビエンチャン工芸学校教師達の参加は、修復時間の短縮に大きく関与した。しかし始めの彼らは、仏像修復の経験は皆無であったが木彫等の経験があった為、日本人スタッフによるきめ細かい指導と修復への参加により、数年後には大きな成長が見られた。特にシートンについては、国際交流基金ジェネシスプログラムによる身延山大学の仏像修復現場への招聘が行われ、日本の修復技術を経験する事で、更なる飛躍が見られた。このような経緯を経て、現在の木彫仏像に関しては、彼が先頭に立ち主流で修復を行うまでになり、短期間のプロジェクト期間内で、5体~7体の仏像修復を行った。ちなみに第20回のプロジェクトにおいては、木彫仏に関して7体の修復を行った。 以上の事からも、ラオスにおける仏像修復は一大学に止まらず、多くの大学・機関の協力なしでは今後も実施できないことは明らかである。 第20回の修復プロジェクトでは、新たにラオス以外の情報収集と、交流を模索した。 ラオスにおいては、我々が必要とする仏像修復に関する情報がほぼ残っておらず、また研究もなされていないのが現状である。特に必要とされる情報は、仏像に刻まれてある銘文の解読であるが、未だ解読された印刷物の記録を見つける事ができない。 とりわけ、我々の仏像修復方針が、不明部分の復元を重要と考える点で、制作年代を明らかにする事は欠かせない。仮に、銘文に仏暦の制作年や王族の名前等が発見できれば、仏像の時代による区分が可能になり、その特徴を整理する事により不明部分の復元のリスクが減るわけである。更には、ラオス固有の様式(仮にランサーン様式)が確立する可能性も考えられる。 隣国のタイにおいては、仏像の銘文解読が盛んに行われていると聞いている。この度サイアム大学の高田知仁教授の参加は我々にとって大変幸運だったと言える。インドシナにおける各時代の仏像の像容についての研究は、我々にとって重要な課題で、その専門家であられる高田教授のラオス仏像の研究は、制作年代を考えるにあたり大変重要だと思っている。 日本国内からの参加は、帝京大学から鈴木稔特任教授・近藤直樹専任講師の参加があった。鈴木稔特任教授は文化財保存の研究者であり、身延山大学ジル・エマ・ストロースマン特任講師と共にカモク・パタイフン等の素材の研究に参加してもらった。近藤氏には三次元測定の研究に20回から参加していただいた。 ラオス仏像修復プロジェクトは、今日に至るまでに様々な分野の研究が必要となってきたが、ようやく他大学・他機関からの専門家の参加が実現できた。今後は、更なる研究者の参加を求める事により、プロジェクトの大幅な進展が期待される。○仏像修復に関する報告 仏像修復については、当プロジェクトにおける修復方針を述べておきたい。

元のページ  ../index.html#16

このブックを見る